2008年9月4日木曜日

真夜中の事件簿

あれはそう5年ほど前、夏も終わりだんだんと涼しくなってきた、こんな夜でした。

夜の静寂を切り裂き、ガラステーブルの上に置いてある携帯電話が、「ガガガガッガガガガッ」と、まるで血に飢えた地獄の番犬ケルベロスが喉をいからせるかのように、そしてその恐怖に震えるかのように、けたたましく音をたて震え始めました。

時間はすでに夜の11時近く。知らない番号からの着信に多少の違和感を感じつつ、そっと親指で通話ボタンを押しました。

出てみるとそれはパチンコ屋さんからの電話でした。
どうやら落し物の中に携帯電話があり、その通話記録に私の名前があったので、取りに来るように落とし主に伝えてほしいとの事でした。
その通話記録に残っていた時間を聞き、誰の携帯かはすぐに見当がつきました。

この時、まさか一本の電話によって、一速で静かに幕を閉じようとしていた一日という乗り物のギアを、あともう残りたった一時間、六速に変え、フルスロットルで駆け抜ける事になろうとは夢にも思っていませんでした。

そして、フ~とため息を吐きながら電話を切った私は、しばらく考えました。
携帯を落とした人に連絡をつけるのは、赤子の手を捻るより難しい事を私は人生の経験上知っていたからです。

しかし、まるで頭の中でドンパッチがはじけるように、いいアイデアが生まれました。
私の家から彼の家まで車で十分ほど。手紙を書いてポストに入れとけばいいじゃんという結論に至りました。

そしてすぐさま手紙をしたため、昼間の熱気を忘れてしまった夜の寂しいアスファルトとタイヤを会話させるかのように、静かに車を走らせました。

そして目的地へあと15秒ほどの地点までさしかかった時、何というタイミングでしょう、彼の家から車が出て行くのが見えました。

当然、ポストに手紙を入れるのが当初の目的ですから、車が出ようと関係ありません。
しかし、私は柔軟に機転を利かせ、要件を直接伝えようと彼の車を追いかける事にしました。

なぜなら、ポストへ入れるのと車で追いかけるのどちらが楽しいか?
答えは言うまでもありません。

当時その友人とは夜の帳が下りる頃、まるで砂漠でオアシスを求めるかのように、この渇ききった大都会という砂漠でネオンにひかれ、夜な夜な街に繰り出し、バッティングセンターや卓球場、レンタルビデオ店に通いつめるといった、男の遊びにどっぷりとハマっていました。

当然すぐに気付いてくれるものだと思っていました。
しかし、パッシングをしても、クラクションを鳴らしても、念を送っても、一向に止まる気配はありません。

そして、ビッグチャンスの赤信号がやって来ました。
急いで車から降り、ダッシュでその車に走って近づきました。
が、運転席の横に到達するというまさにその瞬間、漆黒の闇夜を切り裂く稲妻の如く、信号が赤から青に突然変わり、また車は走り出し、再び追いかけっこが始まりました。

こうなって来ると、なんてすっとぼけた人なんだと、腹の中からだんだんと怒りのような物も湧き上がって来て、絶対に直接会って要件を伝えてやるんだという決心は揺らぎない物となりました。

しかし、始まりがあればいつか終わりが来るように、それは突然やってきました。

最寄りの駅に横付けして、車はあっさりと止まりました。
ちょっと嬉しいような、寂しいような気持ちになりつつ、その車に近づいて行きました。

そして、携帯を落とした話はもちろん、ずっと追いかけていた事をどう面白く伝えようかなんて考えを巡らせながら一歩、そしてまた一歩と車に近づいて行きます。

まずは、「あれ、偶然だねぇ。」って感じでいってみようなんて考えに落ち着き、運転席の横にピタリと立ち、そして窓が空きました。







私「え~と、〇〇君のお母さんですよね?」

私は動揺を悟られないように、静かに、そして、紳士を気取りつつ、今までの事をありのままに話しました。

後日友達に聞く所によると、家を出てからすぐに追いかけられていることに気づいていて、そうとうご迷惑をおかけしてしまったようです。


あれから数年が経ち、一つ気付いた事があります。
確かに郵便屋さんは人を追いかけてないなぁと。

1 コメント:

Unknown さんのコメント...

i like......